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大学教授の遅い語学研修体験談 作成者 : 管理者
作成日 : 2018-06-03, Hit : 59
 


 


いつの間にか40代も半ば…


今まで、休みなしに駆け抜け一生懸命働いて来たが、その中にはいつも物足りなさがあった。


 


"英語"


なぜ、多くの人々が英語に沒入しているのか?


彼らそして私は英語勉強をするべきなのか?


全世界には6,000あまりの言語があるなか、なぜ英語に沒入しているのか?


試験に合格するため…外国の大学の入学資格を得るため…職業するため…


気付けば、私も英語を勉強する以外なかった。


 


しかし、私は英語が得意ではなかった。


一体何が問題なのか?


中学校の時の"I am Tom"に始まり、高等学校、大学、さらには大学院まで英語は常にテストを通し私のそばにいたが、結局私は英語が得意にはならなかった。


少し読めるが正確には分からない、


少し喋れたが意味を正確に伝えることはできない、


少し書けたが完全な文章を作ることができなかった。


外国人と10分以上会話をすることも出来なかった。


イライラだけ大きくなるだけで、私の気持ちを伝えることは結局出来なかった。


 


常に出来なくて、常に息苦しい英語。


 


国立大学の教授としての生活をしているときのある長期休暇。


私は家族と一緒に旅行を楽しんでいた。その時不意に"英語で私の気持ちを伝えれたら…"


という、気持ちが湧き上がった。


漠然としたものだったが、家族からの許しをもらいフィリピンへの留学を決心した。


 


周辺の反応は二つだった。


一つは本当に良い選択だ、しっかりやって来い。


もうひとつは、何でフィリピンなの?発音は良くないし、せっかくならオーストラリアやアメリカに行けばいいのに。というもの。


それともうひとつ。


なんで40代になって留学なの?今のまま楽に生活するほうが心配なのでは?。というものだった。


 


留学を決心してから、留学情報を調べているとき"A+"を知った。


A+は、他の所々とは違い、学院の雰囲気自体が勉強する雰囲気だが、生活上でのとても厳しいルールが必要ないという点と、先生たちの水準が最高という点、そして"バギオ"というフィリピンながらも、常に秋の雰囲気を持った都市を知りたいという気持ちを持ち、A+の留学に向けて出発した。


また勿論、年は多いし今まで特別英語を準備することも出来なかったので、恐ろしさも一緒に持ったまま出発した。


マニラ空港には夜遅くに到着し、その後ピックアップバスで約5時間かけてバギオに向かった。


その間、もしこの私の選択が間違っていたらどうしようということを悩まざる得なかった。


 


A+に到着するともう朝だった。


出迎えてくれた学生マネージャーのラコステさんから、生活に関する説明を聞いた。


大学院を卒業し10年ぶりにまた始める勉強、到着した翌日からおびただしい量のテスト用紙(テストは2次レベルテストになると、さらに多い量と、より高い質にアップグレードされる)、ヘッドティーチャーとの1:1英語面談を通したレベルテスト、


そして、月曜日からは朝6時50分からのフリークラス、レベルテストの結果によってそれぞれ別の時間割りによる個別授業、グループ授業、そして夕方のフリークラス。


 


最初の2週間は忘れることが出来ないものになった。


一言で言えば"私はいったい何をしていたのか?"と感じられる時間だった。


英語だけ使わなければならない。


韓国語で話をしてくれる人がいない。


説明をしてくれるが聞き取ることが出来ない。


しかし聞き取らなければならない。


だからこそ耐えることができた。


英語だけで話さなければならなかった。


先生たちと私は、英語でなければ、意見の交換が出来ないのだ。


先生と座って向い合い、1日が流れていく。


1:1授業は、私の代わりに発言してくれる人は誰もいない。


だから、私が何か言うしかない。


おぼつかない口、思い出せない単語。


私が話す言葉に自信が持てず、知っている文法を使おうと思ってもうまく使うことが出来なかった。


知っている単語を言う時も思い出せない。


Ideologyを相手が聞き取れるように発音出来ない。いや他の単語も同じだった。


咳止めの薬を買いに行った時も買うことができなかった。(cough syrup)


バギオ大聖堂に行くため、タクシーに乗った時も、他の場所へ行こうするタクシー運転手に上手く説明することができなかった。


カフェでコーヒーを注文する際、従業員はお客さん名前を聞きコップに名前を書くのだが、彼らが聞き取れるように自分の名前を発音することができなかった。


Rの発音はLの発音と上手く区別できず、FとPも同じように問題だった。


上手く話せないだけならまだしも、アルファベットもまともに言えなかった。


夕方からは翌日の授業のために課題をしなければならない。


もし、準備しなければ授業にならない。毎日の先生たちとの授業で学生は私一人だから。


夕方、私は課題に対し必死に発音練習をしていると、疲れきり眠るを2週間。


Time flies so fast.


私は何をしにここにいるのか?そんな疑問を持ち出しこと、私は大きな思いを抱くようになった。


 


この間何をしていたの?


韓国で一体私は何を学んだの?


こんなに長い間、学校の授業で、塾で、そして試験のため、図書館で、こんなに一生懸命に勉強したけど、自信なかった英語。


どうして、こんなに英語が出来ないのか…この時分かった。


英語を使わないで、ただそのまま本を丸暗記していたことが問題だった。


‘使役動詞 have, make, let + 目的語 + 原型不定詞’,


‘5形式動詞 make, keep, find, consider, drive, deem + 目的語 + 目的補語で形容詞’


テストで答えを探すことはできるが、結局話せないことの原因が何なのか分かった。


正確な発音を学ぶことをしていなかったから、聞き取ることもできなかったのだ。


 


違っても良い。


先生たちは違った部分を直し、ともに練習し、それを正確な英語にしてくれる。


もし、質問をしたいときは手探りでも英語にしなければならないし、質問に対する答のみならず誤った質問も直してくれる。


ここではすべての先生がそしてすべてのものを、英語で、英語で、英語で…すべて英語で。


さらにカフェで飲み物一本を買って飲むことさえも、ここでは英語ではなければ生きて行くことができないのだ、


 


ここへ来て3ヶ月、今では私は先生たちの言葉を聞き分けれる。


韓国語で考えて英語に翻訳した後、言い間違える習慣は徐々になくなり、試行錯誤することも減り、今では私の考えを英語で先生たちと笑って騒げるようになった。


最初は、夜遅くまで眠り寝る事ができないくらい日記を書き、翌日の授業準備をしなければならなかったが、いつのまにか夕方に自由な時間が生まれるようにもなった。


日本人学生たちと週末外出を一緒し、英語で笑って騷いだり、フィリピン人の友達と英語で電話をしたり、メールを交わして一日一日を英語にだけ生きて行くことが出来た。


すごい変化だ。


さらに、自分の発音でタクシーでバギオ大聖堂(Baguio Cathedral)まで行くことが出来たし、 スターバックスでは、堂々と自分の名前を言って飲み物をもらうことが出来るようになった。


週末はSMモールにある映画館へ行って字幕なしの映画を見て、他の人々のように笑うことができるようになった。


それに、値段交渉を英語でし、まけてもらうこともあった。


 


何の事が起ったのか?


この長年の間、英語の文法の本を覚えて、ビデオ講義を受け、塾を通いっていたのに…。


その時には、経験することができなかったことが、今ここで魔法のようなことが起きたのだ。


市内に一人で出るのが怖くなくなったし、毎回の1:1授業の時間が長く感じていたが、 ある瞬間から授業時間がとても短く感じるようにもなった。


まだ下手だが、英語で討論することもできるようになった。


 


私でもできるんだ!


今まで、"出来なかった"ことは"しなかった"からで、実生活、そしてすべての授業で英語のみを使うしかない環境にいると、徐々に英語は私の言語となっていった。


もちろん、まだ前置詞は難しくて時制も能動態、受動態など英語を駆使することは難しい。


しかし、"出来る"という自信、確信が生じて英語で話すのが怖くなくなった時、大きい収獲を得た。


それに多くの外国人の友達と過ごした時間は、今までにない私の姿を発見させてくれるものだった。


 


そして3ヶ月の時間が経ち、私は卒業をすることになる。


しかし、私は韓国に帰らないで、もう少しここにいようと思う。


なぜ?  英語を話せるようになったから。


それにバギオはタクシーに乗れば小銭まで返してくれる、親切で安全な場所だから。


 


卒業を控えたこの頃は、一人で家を探し、昨日はセッションロードにある弁護士事務室へ行き、手助けしてくれる良い弁護士がいるかどうかを直接確認し、すべてを一人でやりこなした。


英語でだ。


そして、運転兔許証を発給するため、LTO(フィリピンの運転兔許管理及び車登録管理をする官庁)に電話をして必要な手続きを問い合わせた。


やはり英語で。


 


驚くべき変化、驚くべき発見。こうやって表現することが当たり前だ。


もし、ここへ来ていなかったら一生英語は難しいことで、外国人に会えば手探りの英語で顔が赤くなり、話すことができなかっただろう。


だが、今はそれが怖くなくなったなんて...


勿論、上手ではない。


しかし、3ヶ月間の変化はこれからの可能性を明るくしてくれ、自信をくれたということが、私には重要だ。


 


A+。


記憶を振り返れば、大変な度に常に手を差し伸べてくれ、学生マネージャーのラコステさんは、常に心強く支えになってくれれた人。


毎日毎日辛く、休憩時間やある時一緒に夕飯を食べに行った時ですら、違った部分を直してくれて私の発音に対し一生懸命矯正してくれようと労力してくれた先生たち。


常に学生たちの要求に耳を傾け、学生たち声に仕事の手を止め手伝ってくれたヘッドテーチャーのビーナス。


それに24時間学校の入口を守ってくれた、私よりもずっと英語が上手で親切に生活を手伝ってくれたガードマンのアリストン。


そのにいた、全員が私には先生であり、支えであり、お陰で私は新しい道を捜すことが出来た。


 


私がここへ来る前、誰かが私にこう言った。


フィリピンは発音が良くない。どうせやるなら大きくて有名な学院に行かないと。


しかし私の考えは違った。


宣伝が上手で、大きいからといってそれが良い語学学校とは限らない。


それで選択したA+。


大きくも小さくもない。しかし先生たちが良いという話を信じここを選択した。


それは間違いではなかった。


ここには、語学研修が特別意味を持たなかった人、


授業を抜け、課題を提出せず、外国生活を楽しむことだけをやりに来た人、そんな人はいない。


そんな心配もそもそもなかった。


ここは、セブやマニラのように遊ぶところが多いわけでもない。


ただ、自然豊かで沢山の大学と多くの学生がいる教育都市バギオだから。


 


40代で勇気を出して行った挑戦は、


どうしてもっと早く始めることができなかったか、


どうして、もう少し早くこのような機会があることに気付かなかったのか、


こんな悔しさとともに過ぎてきた。


しかし、私でもやればできる!!という気持ちでこの3ヶ月の充実した時間を、今日いよいよ締めくくる。


切ないが、これが終りではなく、もっとたくさんのあるであろう出会いの出発だと考え、ここから卒業する。


 


それにフィリピンの先生たちとはオンライン授業を通しこれからも会うことが出来るので、英語にもずっと触れ合うことが出来る。


これからもっと成長した自分を期待して…


やればできる。



 


卒業証書っているです


 


 


 


 


 



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